胡蝶蘭講座5



ランの種子は自力で発芽する力がないことについては触れました。しかし、今日ランは私たちにとって身近で、人気の花となっています。ランがこれほど身近になった背景には、バイオ技術の進歩がありました。その歴史をふりかえってみましょう。

ヨーロッパに初めて熱帯産のランが輸入された記録は、十八世紀初頭のことで、世界中に植民地を広げていた頃のことです。ヨーロッパにもランは生えていますが、小さく地味なものがほとんどで、熱帯の大きくて華麗なランの花は人々にたいへんな衝撃を与えました。
当時は、まだランの栽培方法や増やし方がわからず、また、船で運んでくる途中で枯れてしまったりして、数が少なく貴重で、高価な植物でした。

貴族の趣味園芸

熱帯産のランが輸入され始めた頃は、冬が長いヨーロッパでは、温室を持ったごく一部の上流階級の人たちが細々と栽培しているに過ぎませんでした。その頃はまだランの生理・生態も不明な点が多く、人工交配をして新品種をつくりだすなど思いもよらない時代でした。
ランの人工交配を初めて試み、成功したのはイギリス人で、当時(十九世紀半ば)としてはひじょうに画期的なことでした。

バイオ研究の始まり

十九世紀末になると、ランの種子発芽にラン菌が関わっていることがわかり、研究が加速しました。二十世紀に入ると、ラン菌がいなくても、完全に殺菌した無菌状態のフラスコ内に人工栄養を入れて種子を大量発芽させること(無菌播種/むきんはしゅ)に成功し、ランの大量生産が始まりました。
しかし、交配して優れた品種ができてもウイルス病に感染して全滅する恐れがありました。この頃ウイルス病に感染したシンビジウムでも、せいちょうてん生長点(茎の先端にある葉をつくる部分)の細胞だけはウイルスがいないことが分かり、生長点だけを切り取り、無菌のフラスコ内に人工栄養を入れて増やせばウイルス・フリー(ウイルスに感染していない)株を人工的に増やすことが可能となりました(茎頂培養/けいちょうばいよう またはメリクロンという)。
また、同時にプロトコーム様球体という、根も葉もない球状の細胞のかたまりをつくり、それを細かく切ることによって、同じ遺伝子(花の色や大きさなど)を持つクローン苗を大量に増やせることも分かってきました。こうして増やした苗を、フラスコから出して鉢に植えると、二~三年で親と同じ花を咲かせます。

身近なバイオ技術

これらのバイオ技術は、ランに限らず私たちの身のまわりで頻繁に用いられています。例えばイチゴやタバコのウイルス・フリー苗など、多くの事例を見ることができます。こうした技術もランの無菌大量増殖技術が、ほかの植物に応用されていったものなのです。